第8回古代歴史文化賞

大賞作品

顔の考古学 異形の精神史/設楽博己

顔の考古学
異形の精神史

著者:設楽 博己(したら ひろみ)

選定理由

本書は、考古資料の中でも、その用途が明らかになっていない縄文時代の土偶や仮面、弥生時代の顔のついた土器、古墳時代の人物埴輪など、特異な顔の表現を取り上げ、古代の人々のメッセージを明らかにしようとするものです。
節分でおなじみの「鬼」や、日本社会において負のイメージが強い「イレズミ」、また縄文の美の象徴として広く人気がある「土偶」など、日本人に馴染みのある資料を取り上げて、その意味と果たした役割、変遷が検討されており、一般の読者が興味をもって読み進めることができます。また、これまで断片的に評価されてきた「顔」資料について、考古学の基礎研究を踏まえたうえで、総合的に検討した点が高く評価できます。
こうした「異形の顔」の分析を通して、著者は、日本社会の大きな変化を弥生時代に求め、この時代から戦争や格差社会、グローバリゼーションが始まり、現代社会が抱える課題につながっていると説きます。考古遺物の分析から、広く日本社会の課題までも導き出す本書は、歴史資料が果たす役割や可能性を示したもので、古代歴史文化賞大賞にふさわしい作品です。

出版社:吉川弘文館

優秀作品賞

気候適応の日本史 人新世をのりこえる視点/中塚 武

気候適応の日本史
人新世をのりこえる視点

著者:中塚 武(なかつか たけし)

選定理由

本書は、古気候学という過去の気候を研究する立場から、気候の変動に対して、当時の人々がどのように適応したのか、もしくは適応できなかったのか、という因果関係を追求するものです。
数百年単位の長周期、数十年単位の中周期、数年単位の短周期の3つの時間的周期の中で、とりわけ、近年その実態が解明されつつある数十年単位の中周期が、大きな歴史的な変化と良く対応することを示すことで、古気候学の著しい進展が、従来ともすればその背後に追いやられていた自然環境、とりわけ気候変動が人類の歴史に大きな影響を持つことの意義を正面から示すものです。年単位に迫るほど詳細に復原されたデータを用いて説明される歴史の転換点と気候変動との因果関係は、歴史学、考古学、年輪年代学など多分野との学際的共同研究の成果であることも重要な意味を持ちます。
今日我々が直面している地球温暖化や、人類環境への関与などにも言及することで、今後の考古学・歴史学研究の方向に新しい息吹を吹き込む意欲的な作品となっており、優秀作品賞にふさわしいものです。

出版社:吉川弘文館

戸籍が語る古代の家族/今津勝紀

戸籍が語る古代の家族

著者:今津 勝紀(いまづ かつのり)

選定理由

本書は、残された古代の戸籍と周辺資料の詳細な分析を通じて、古代日本の人口動態や平均寿命などを推計し、その基盤となった生活の根幹である婚姻、夫婦関係などの家族構成とその在り方や動態を掘り下げることで、古代社会の全体像を呈示しています。とりわけ繰り返される、飢饉、疫病などによる人口減少が戸籍上にも反映されている例が多数みられるなど、厳しい社会環境の中で古代の人々がどのように生き延びる努力をしていたか、などを戸籍に表された家族の有り様を軸に読み取る新たな視点を示した作品です。
本書は、今日の高齢化・人口減少などが問題とされるなかで、個人を超えた社会の継続という視点から古代の家族の在り方、人々のライフスタイルや生存、人口の問題に目を向け描き出しているもので、今後の歴史学が、何を明らかにしていくべきか、目指すべき一つの方向性を示すものとして高く評価でき、優秀作品賞にふさわしいものです。

出版社:吉川弘文館

人事の古代史 ―律令官人制からみた古代日本/十川陽一

人事の古代史
―律令官人制からみた古代日本

著者:十川 陽一(そがわ よういち)

選定理由

本書は、位階にもとづく官位制・官人制が天皇を中心とした古代中央集権国家の骨格をなすことと、これが定着していく過程を主に奈良時代から平安時代まで通観したものです。
ともすれば煩雑な支配体制や人事制度を丁寧に整理し、これに関わる人事の具体的な有り様、高位高官の人事、あるいは位階があっても官職につけない散位などの具体例を取り上げ、官職登用の仕組みや生活手段、古代官人制の実態と展開、ひいては古代国家権力の地方への浸透とその変容や、さらに中央の都城の変遷・変貌にまでも視野に入れたものとなっています。
古代日本における国家支配を人事制度から見ていこうとする本書は、従来にはない新しい試みで、生き残りをかけた官人の姿を具体的に描くことで律令制度をより身近に感じさせる作品ともなっています。こうした視点での官人制を取り上げたものはこれまでになく、大変意義深い作品として、優秀作品賞にふさわしいものです。

出版社:筑摩書房

万葉集に出会う/大谷雅夫

万葉集に出会う

著者:大谷 雅夫(おおたに まさお)

選定理由

本書は、現在も広く知られている『万葉集』について、日本語が漢字で表現されているため後世に様々に解釈され、その時代の思想で読まれてきた『万葉集』の子細な再検証をとおして、新たな出会いをもとめようとするものです。
特に、小中学校の教科書にも取り上げられる有名な「さわらび」の歌 や、柿本人麻呂の狩猟の歌については、江戸時代の著名な国学者である賀茂真淵の解釈と読みが今日まで定着してきたことを明らかにし、その子細な再検証からそれを訂正するくだりは新鮮な驚きを与えるものです。
加えて万葉集の特色である擬人表現や多数の相聞歌に込められた意味、そして従来あまり注目されて来なかった歌にも触れて万葉集の新しい魅力を引き出そうとしています。
著者とともに万葉集の謎解きをしているような感覚で万葉集の魅力に導かれる本書は、これまでにない新しいスタイルの作品となっており、優秀作品賞にふさわしいものです。

出版社:岩波書店

特別賞

島根県立古代出雲歴史博物館企画展図録『出雲国誕生と奈良の都』(2009年)

イラスト:早川和子

同上『COME on 山陰弥生ライフ ー米作り、はじめました。ー』(2021年)

イラスト:早川和子

考古イラストレーター
早川和子氏(はやかわ・かずこ)

趣旨及び対象

国民の古代歴史文化に関する関心を高めるため、歴史文化に関する興味・関心の拡がりや理解の促進などに大きく貢献した人物、作品及び活動などを、「古代歴史文化賞特別賞」として顕彰する。

プロフィール

(1)生年・職業
1953年(昭和28)宮崎県生まれ、京都府在住。考古イラストレーター
(2)略歴
東京のアニメスタジオ、マッドハウスで「天才バカボン」「ギャートルズ」などの動画を担当。そののち、京都府埋蔵文化財調査研究センターの整理作業員を経て、1986年頃(昭和61)から考古復元イラストを描くようになる。
(3)業績
復元画は、奈良文化財研究所をはじめ、全国の歴史博物館などで解説パネルや展覧会図録などに利用されてきた。一般向け図書では、『日本歴史館』(小学館)、『古代史復元』(講談社)など、学校用教科書では、小学校『新しい社会6 歴史編』(東京書籍)がある。
2007年(平成19)から2008年(平成20)には、早川氏のこれまでの復元画を集めた巡回展「絵でみる考古学 早川和子原画展」が全国12カ所の博物館で開催された。展覧会図録は『よみがえる日本の古代』として小学館から刊行されている。

選定理由

アニメーション制作で培われた技術をもとに、遺跡だけからではイメージできない古代の人々の衣食住・信仰・景観などをイラストにより復元されてきた。その作品は、リアルであると同時に、古代人の生き生きとした表情を描き、親しみやすいものであり、古代史の理解と普及に大きな功績をあげられた。

候補作品一覧

第8回古代歴史文化賞の候補作品として、下記の5作品を選定いたしました。
11月2日(水)午前10時より帝国ホテル東京にて選定委員会を開催し、下記の作品の中から大賞1点、優秀作品賞4点を選定します。
同日午後2時より同ホテルにて発表及び賞贈呈を行います。

書名著者名
出版社名
作品の概要著者のプロフィール

顔の考古学
異形の精神史

顔の考古学異形の精神史

したら ひろみ

設楽 博己

吉川弘文館

縄文時代の土偶をはじめ仮面・埴輪・土器など、律令時代までの造形物に見られる「鬼」や「イレズミ」といった特異な顔の表現について、その意味と果たした役割、変遷を論考する。そして、各時代の顔の分析・比較から、著者が専門とする弥生時代社会の特色を論じ、さらには現代社会が抱える課題にも通じることを指摘する。1956年、群馬県生まれ
東京大学名誉教授
博士(文学)
専門は日本考古学
著書に『弥生再葬墓と社会』(塙書房)、『縄文社会と弥生社会』(敬文舎)、『弥生文化形成論』(橘書房)などがある。

気候適応の日本史
人新世をのりこえる視点

気候適応の日本史 人新世をのりこえる視点

なかつか たけし

中塚 武

吉川弘文館

古気候学の研究成果から、気候変動の時間的なスケールを数百年の「長周期」、数十年の「中周期」、一年から数年の「短周期」の3つに分けて歴史事象と気候適応の関係について考察する。特に従来行われていなかった「中周期」による考察を行う。また、今日的課題である地球環境問題への対応にあたっては、気候適応史研究が重要であると説く。1963年、奈良県生まれ
名古屋大学大学院環境学研究科教授
博士(理学)
専門は古気候学、同位体地球化学
著書に『酸素同位体比年輪年代法ー先史・古代の暦年と天候を編む』(同成社)、『気候変動から読みなおす日本史(全6巻)』[編者](臨川書店)などがある。

戸籍が語る古代の家族

戸籍が語る古代の家族

いまづ かつのり

今津 勝紀

吉川弘文館

現代の戸籍制度から出発し、古代の戸籍の作成目的と性格、記載される人の範囲や身分などの内容を解説する。そして、記載内容の分析や周辺資料から、古代の人口数や平均余命、出生率、婚姻の実態と夫婦関係、飢饉や疫病などの状況を提示し、古代社会の厳しい環境の中で、人々がどのように生きてきたのかを明らかにする。1963年、東京都生まれ
岡山大学文明動態学研究所教授
博士(文学)
専門は日本古代史
著書に『日本古代の税制と社会』(塙書房)、『東アジアと日本』[共著](KADOKAWA)などがある。

人事の古代史
律令官人制からみた古代日本

人事の古代史―律令官人制からみた古代日本

そがわ よういち

十川 陽一

筑摩書房

古代日本において、国家運営のために取り入れた律令官人制について、奈良時代を中心とした官人統制の仕組みと歴史を概観する。その上で、官職につけない多くの官人「散位」の存在を紹介し、古代国家にとって官人がどのような存在であったのかを論じる。平安時代に至るまでの律令官人制の定着と展開を通観した書。1980年、千葉県生まれ
慶應義塾大学文学部准教授
博士(史学)
専門は日本古代史
著書に『日本古代の国家と造営事業』、『天皇側近たちの奈良時代』(ともに吉川弘文館)などがある。

万葉集に出会う

万葉集に出会う

おおたに まさお

大谷 雅夫

岩波書店

現在も広く親しまれる『万葉集』の従来の読みと解釈について、近世期国学の注釈史研究や中国文学との比較研究を踏まえて検証・訂正し、歌を詠んだ作者の思いに迫る。また、万葉集の特色となっている「擬人表現」「相聞歌」などの紹介や、これまであまり注目を浴びなかった作品にも触れて、万葉集の多彩な魅力を伝える。1951年、大阪府生まれ
京都大学名誉教授
専門は国文学
著書に『歌と詩のあいだ―和漢比較文学論攷―』(岩波書店)、『和漢聯句の楽しみ―芭蕉・素堂両吟歌仙まで』(臨川書店)、『万葉集』訳文篇5巻、原文篇2巻[共著](岩波文庫)などがある。

第8回古代歴史文化賞について

1.目的

島根県・奈良県・三重県・和歌山県・宮崎県の5県共同で古代歴史文化に関する優れた書籍を表彰することを通して、国民の歴史文化への関心を高め、豊かな歴史文化に恵まれた各県の交流人口の増加を促すとともに、各県民の郷土への自信及び誇りを醸成することを目的とする。

2.対象書籍

古代歴史文化に関する書籍で、選定の直近3年度(平成31年4月1日以降、推薦書送付期限まで)に初版で出版され、書店等で販売されているもののうち、次の要件を概ね満たすもの。

  1. 日本の古代に関して執筆されている。(※1,2)
  2. 一般読者にとって分かりやすくおもしろい。
  3. 学術的基盤に基づいている。
  4. 単著を基本とする。

なお、次の書籍は対象外とする。

  1. 専門家向けの学術書、専門書
  2. 空想的なもの、フィクションのもの
  3. 漫画(ただし、分かりやすくなるようにページ中に挿絵を入れている程度の書籍は対象とする。)
  4. 写真集
  5. 雑誌等

※1 古代に関する事柄が記述されている書籍であれば分野は問わず幅広く対象とする。
学問分野では、考古学、歴史学、文化人類学、民俗学、歴史地理学、文学、国語学、美術史、建築史、自然科学などのほか、学際的な視点で執筆された書籍も対象とする。
※2 地域を主題とした書籍であっても全国の動向との関連が分かるものなどは対象とする。

3.受賞候補書籍の推薦

専門家、有識者などからなる推薦委員及び歴史文化に関連する書籍を発行する出版社が推薦する。

4.受賞書籍の決定

古代歴史文化賞選定委員会において受賞書籍(大賞1点、優秀作品賞4点)を決定する。

5.今年度のスケジュール

・10月中旬  ノミネート作品発表
・11月2日(水) 第2回選定委員会開催、受賞作品の発表および表彰式(東京)
・1月21日(土) 表彰記念イベント(奈良)
・1月29日(日) 表彰記念イベント(島根)

6.実施主体

島根県/奈良県/三重県/和歌山県/宮崎県

選定スケジュール

第8回古代歴史文化賞 選定スケジュール